第3章 「患者様」は、いつ生まれたのか

昔、日本には「お医者様」という言葉がありました。

医師は偉い存在。専門知識を持つ存在。患者は黙って従う存在。説明は少なく、質問しづらく、時には高圧的ですらあった。いわゆるpaternalism(父権主義)的医療です。

もちろん、そこには問題も多くありました。「先生に任せておけばいい」「素人は口を出すな」そうした空気によって、患者さん側が置き去りにされることもあった。

だから時代は変わりました。インフォームドコンセントが重視されるようになり、説明責任が求められるようになった。患者さんの意思を尊重する——これは非常に大切な進歩だったと思います。

■ 振り子が逆方向へ

しかしその反動として、今度は逆方向への振り子が動き始めます。「患者様」という概念です。

接遇。CS。ホスピタリティ。Googleレビュー。医療にも、"サービス業としての振る舞い"が強く求められるようになった。

そして気づけば、昔は「お医者様」、今は「患者様」。そんな空気が生まれていった。

私は、どちらも少し違う気がしています。本来、医療とは上下関係ではないはずです。医師が神でもなければ、患者が王様でもない。同じ病気や痛みに向き合うための、共同作業に近い。だから本来必要なのは、支配でも服従でもなく、対話なのだと思います。

■ 「嫌われないこと」が優先された結果

問題は、"嫌われないこと"が過剰に重視され始めたことです。

Googleレビューで低評価を書かれないようにする。クレームを避ける。すると医療者側は、少しずつ萎縮していきます。断れない。注意できない。境界線を引けない。

本来なら医学的に不要な検査を断るべき場面でも、「納得しないから」という理由で行われる。暴言に対して毅然と対応すべき場面でも、低評価を恐れて耐えてしまう。そしてその結果、医療者側が疲弊していく。

■ AI時代でも「完全顧客主義」にはなれない

確かにAIの登場によって、医師の"権威性"は今後さらに下がっていくと思います。患者さんは、AIで論文要約を調べ、治療法を比較し、鑑別診断まで検索できるようになる。

これは良い面もあります。患者さん自身が病気を理解し、治療参加意識を持つことは重要だからです。

ですが、「お医者様」が終わることと、「医療が完全な顧客主義になること」は、全く別問題です。

医療は命を扱う。身体へ侵襲を加える。副作用責任を負う。限られた医療資源を配分する。最終的な責任は、医療側が背負う。つまり医療には、AI時代になってもなお、完全には対称化できない部分が残るのです。

■ 必要なのは「対話型医療」

だから私は、これから必要なのは、「お医者様」でもなく、「患者様」でもなく、

"説明責任を伴う対話型医療"

なのだと思っています。

医師は、権威で押さえつけない。患者さんも、「お客様」として医療を消費しない。互いに、限られた医療資源を共有する社会の一員として、対話を重ねていく。

その関係性がなければ、これからの医療は、きっと持続できないのだと思います。

※この記事はnoteにも掲載しています。

この記事の執筆・監修

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寺田 哲Satoshi Terada

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医師/麻酔科専門医・ペインクリニック専門医

「痛み痺れを諦めない」をモットーに、日々診療にあたっています。最新のエコーガイド下治療やVR治療など、医学の力で患者さんの日常を取り戻すためのヒントと、日々の学びを綴ります。

略歴・資格

  • 2008年 埼玉医療センター麻酔科
  • 2014年 NTT東日本関東病院 ペインクリニック科
  • 2016年 静清リハビリテーション病院
  • 2019年 三島総合病院 ペインクリニック科 医長
  • ペインクリニック専門医 / 厚生労働省 麻酔科標榜医 / 健康スポーツ医

専門・研究

超音波ガイド下治療やVR治療の最前線で活動し、多くの学会(日本整形超音波学会、日本ペインクリニック学会、日本VR医学会等)でシンポジストや基調講演を務める。

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