2026年 07月 29日
ワールドカップ日本代表は惜しくもブラジルにラウンド32で敗れましたが、なんとも熱い6.7月を過ごさせていただきました。
当院でもDAZNに入り常にワールドカップばかり流していましたので、サッカーに興味のない方には退屈な思いをさせてしまいましたね。
実は私は小、中、大学と私はサッカーをやっていました。ポジションは右サイドバックや右ウイングでした。小学生の時はとにかく走り回るのが好きな子どもだったと記憶しています。東京都の中でも強豪に入るチームしたが、放課後や休日のほとんどをグラウンドで過ごした期間は、今振り返っても濃い時間でした。大学は1年で辞めてしまいましたがサッカーは今でも大好きです。
■ 今大会も、夜更かしの言い訳ができる季節
2026年大会は、アメリカ・カナダ・メキシコの3か国共催、48か国出場という、これまでとは規模の違う大会になりました。国内でも深夜・早朝の試合が続き、寝不足のスタッフや患者さんから「昨日の試合、見ましたか」と声をかけられる場面が何度もありました。
普段は診療のことで頭がいっぱいの毎日ですが、この時期だけは診察の合間の雑談も自然とサッカーの話になります。世代も立場も違う人たちが、同じ試合を見て、同じように一喜一憂する——そういう時間は、悪くないものだなと毎回思います。
■ 普段は同僚、ワールドカップでは敵同士
私は普段からブンデスリーガ、なかでもバイエルン・ミュンヘンをよく見ています。好きな選手はマイケル・オリーゼとハリー・ケインで、クラブのシーズンを通して彼らのプレーを追いかけるのが毎週末の楽しみになっています。プレミアリーグではリバプールと知り合いの子供のいるサウサンプトン、ラリーガではバルサですかね。
面白いのは、普段は同じチームでユニフォームを着て、同じ勝利を目指す「同僚」だということです。例えばオリーゼはフランス代表、ケインはイングランド代表ですから、ワールドカップの組み合わせ次第では、クラブでは同じベンチで喜び合っている二人が、代表戦では敵味方に分かれてぶつかり合うことになります。
普段は肩を組んでいる相手と、大会になると真剣勝負で戦う——このクラブと代表の対比こそ、ワールドカップならではの面白さだと思っています。所属チームでの信頼関係と、母国を背負う緊張感は、また別のスイッチなのだろうと想像しながら見ています。今大会も、そうした「普段の顔」と「代表の顔」の両方が見られる瞬間を、楽しみにしていました。
■ ピッチの上の「体」を、少し違う目で見てしまう
職業柄、テレビ越しに試合を見ていても、つい選手の動き方や体の使い方に目がいってしまいます。接触プレーのあと、足首や膝を気にする素振りを見せる選手。もも裏を痛めて途中交代する選手。トップレベルの選手であっても、体は消耗品であり、故障と隣り合わせなのだということを、画面の向こうから何度も感じさせられます。
もちろん、映像だけで何が起きているかを診断することはできませんし、するつもりもありません。ただ、瞬発的なダッシュ、切り返し、着地といった動作の一つひとつに、股関節・膝・足首をどう使うかという「体の使い方」が深く関わっていることは、日々の診療でも感じることと重なります。ケガをした選手がリハビリを経てピッチに戻ってくる姿を見るたびに、痛みや故障からの回復には、治療だけでなく、体の使い方を学び直す時間が必要なのだと改めて思います。
■ チームスポーツの緊張感、集中力
サッカーは、11人がそれぞれの役割を果たしながら、一つのボールに向かって連動するスポーツです。誰か一人が良いプレーをしても、周りとの連携が噛み合わなければ点は取れません。逆に、目立たないポジションの選手の一つのカバーリングが、失点を防ぐこともあります。
これは、クリニックの仕事にもどこか似ていると感じることがあります。診察・注射・リハビリ・受付——それぞれの持ち場で専門性を発揮しながら、一人の患者さんに向き合う。誰か一人が頑張れば成立する仕事ではなく、チーム全員の連携があってはじめて、一つの治療が形になります。ワールドカップを見ながら、そんなことをぼんやり考えてしまうのも、今の仕事をしているからかもしれません。
■ 次の4年後を待ちながら
大会が終わると、少し寂しさを感じつつ、また次の4年後を心待ちにする自分がいます。次にワールドカップを見るとき、自分はどんな仕事をしているだろうか——そんなことをふと考えるのも、この大会の楽しみ方のひとつなのかもしれません。
しばらくはロス期間が続きそうですが、また来シーズンからも、選手たちの活躍を楽しみに見ていきたいと思います。


