医師のキャリアは、自由度が高いようでいて、実はかなり早い段階から「無難な道」が見えてきます。
大学に残る。専門医を取る。症例を積み、論文を書き、役職を重ねていく。
どれも間違ってはいません。むしろ、誠実に努力してきた人ほど、そうした"正解らしいルート"を一つずつ選んでいきます。
正解を選ぶたびに、期待が積み上がり、責任が増え、「ここまで来たのだから」という空気が少しずつ濃くなっていく。キャリアは、自分のものというより、周囲の期待に合わせて最適化された構造物になっていきます。
だからこそ、途中で感じる違和感はとても説明しにくい。生活は成り立っている。評価もされている。患者もいる。それでも、「このまま進み続けること」そのものに、どこか重さを感じ始める。
■ 自分に正直に言えば
正直に言えば、自分には大学に残ってキャリアを積み上げていく胆力はありませんでした。性格的にも価値観的にも合っていなかったのだと思います。
フリーランスとして働いていた時期も、総合病院でペインクリニックの科長を任されていた時期も、それぞれどこかしっくりこない感覚がありました。
振り返ってみると、今が一番しっくりしている。開業が自分に合っていると思うのは、自分自身で設計し選択したからだと思います。それでも、いつも自問自答しています。これが一番の選択だったのか——それがキャリア形成の第一歩なのかもしれません。
■ 医師の肩書きの「外側」に出た経験
実は僕自身、医師の傍ら起業をした経験があります。今でも会社の取締役という顔もありますが、生活も立場も守られた状態での挑戦で、いわゆる「本気の起業」とは明確に違っていました。
それでも、医師という肩書きの内側にいるのと、その外側に一歩出たときとでは、世界の見え方がまったく違うことを実感しました。医療の現場では、判断の多くが制度や慣習によって支えられています。一方で、肩書きの外では正解が用意されていない。評価軸も責任の所在も、自分で設計する必要がある。
医師という肩書きがもしも無くなった場合——医師としてだけ生きてきた人にとっては難しいのが今の世の中、ということも心に留めておかなければなりません。
■ 「どこで何年過ごしたか」だけでは測れない時代
今は、YouTubeをはじめとしたオンラインの情報から、かなり高度で実践的な知識に誰でも触れられる時代になりました。もちろん、命を扱う仕事である以上、修練や時間の積み重ねが省略できるはずもない。特に外科系の手技はYouTubeや単発セミナーで会得できるはずはない。
ただ一方で、「どこで、何年過ごしたか」だけが学びの質を決める時代ではなくなりつつあります。AIの存在も今後大きく、医療界にも変化を促すでしょう。
■ キャリアが苦しくなるのは「失敗したとき」ではない
だからこそ今、医師のキャリアは正解ルートを踏めば安泰、という設計では成り立たなくなっています。重要なのは、どのルートを通ったかよりも、その後も自分で更新し続けられるか。
キャリアが苦しくなるのは、失敗したときではありません。むしろ、誰からも止められず、正解を積み重ね続けたときです。その違和感は、逃げでも甘えでもなく、再設計のサインなのかもしれません。
医師のキャリアに、一生通用する正解はありません。あるのは、その時点で何を引き受けられるか、何を引き受け続けたいか、という問いだけです。
次回からはキャリア論を含めながら、ペインクリニック自体の構造的問題とその解決策についてお話したいと思います。

