ある日の午後のことでした。
予約時間を10分ほど過ぎて、一人の患者さんが来院しました。リハビリの予約です。
リハビリというのは、医師の診察以上に時間管理が重要です。20分1単位のリハビリはとても貴重です。その後ろには、次の患者さんが待っています。理学療法士も、その時間に合わせて準備しています。
受付スタッフは患者さんへ説明しました。
「申し訳ありません。本日は予約時間を過ぎておりますので、リハビリのお時間を確保することが難しい状況です」
責めたわけではありません。叱ったわけでもありません。事実を伝えただけでした。
しかし患者さんは怒りました。「10分くらい遅れただけだろ!」
待合室に大きな声が響きました。
■ 私が怒っていたのは、スタッフへの態度に対してだった
私は診察室の奥でその声を聞いていました。その時、私が考えたのは遅刻のことではありません。受付スタッフのことでした。
彼女は何も悪くない。決められたルールを説明しただけです。それなのに、なぜ怒鳴られなければならないのだろう。
私は外へ出ました。そして患者さんへ言いました。「遅れたのはあなたですよね」
怒っていたのは、10分の遅刻に対してではありません。スタッフへ向けられた態度に対してです。
すると患者さんは急に静かになり、そのまま帰っていきました。
■ 昔の自分なら、「まあまあ」と収めていた
私はその後、しばらく考えていました。昔の自分だったら、どうしていただろう。
おそらく、「まあまあ」と場を収めようとしたかもしれません。患者さんにも事情がある。忙しかったのかもしれない。渋滞だったのかもしれない。そう考えて、曖昧に終わらせたかもしれません。
でも今は違います。なぜなら、私は開業してから何度も見てきたからです。優しい人が辞めていく姿を。
■ 医療現場を去るのは、優しい人から
受付スタッフは、患者さんと最初に接する人です。理学療法士は、患者さんと最も長く接する人です。看護師は、患者さんの不安を受け止める人です。
そして、そういう人たちほど傷つきやすい。
怒鳴られても笑顔を作る。理不尽な要求にも対応する。自分が悪くなくても謝る。それを繰り返しているうちに、少しずつ心が削られていく。
実際、医療現場を去っていくのは、乱暴な人ではありません。優しい人です。真面目な人です。責任感のある人です。
■ 良い医療は、守られたスタッフから生まれる
だから最近は思うのです。医療者を守ることは、患者さんを敵視することではない。むしろ逆なのだと。
スタッフが安心して働ける。理学療法士が萎縮せずに説明できる。受付が理不尽な怒りを受けなくて済む。
そういう環境があって初めて、良い医療は続いていく。
優しい人が辞めなくて済む現場——それこそが、これからの医療に必要なものなのかもしれません。

