第4章 優しい人から辞めていく

ある日の午後のことでした。

予約時間を10分ほど過ぎて、一人の患者さんが来院しました。リハビリの予約です。

リハビリというのは、医師の診察以上に時間管理が重要です。20分1単位のリハビリはとても貴重です。その後ろには、次の患者さんが待っています。理学療法士も、その時間に合わせて準備しています。

受付スタッフは患者さんへ説明しました。

「申し訳ありません。本日は予約時間を過ぎておりますので、リハビリのお時間を確保することが難しい状況です」

責めたわけではありません。叱ったわけでもありません。事実を伝えただけでした。

しかし患者さんは怒りました。「10分くらい遅れただけだろ!」

待合室に大きな声が響きました。

■ 私が怒っていたのは、スタッフへの態度に対してだった

私は診察室の奥でその声を聞いていました。その時、私が考えたのは遅刻のことではありません。受付スタッフのことでした。

彼女は何も悪くない。決められたルールを説明しただけです。それなのに、なぜ怒鳴られなければならないのだろう。

私は外へ出ました。そして患者さんへ言いました。「遅れたのはあなたですよね」

怒っていたのは、10分の遅刻に対してではありません。スタッフへ向けられた態度に対してです。

すると患者さんは急に静かになり、そのまま帰っていきました。

■ 昔の自分なら、「まあまあ」と収めていた

私はその後、しばらく考えていました。昔の自分だったら、どうしていただろう。

おそらく、「まあまあ」と場を収めようとしたかもしれません。患者さんにも事情がある。忙しかったのかもしれない。渋滞だったのかもしれない。そう考えて、曖昧に終わらせたかもしれません。

でも今は違います。なぜなら、私は開業してから何度も見てきたからです。優しい人が辞めていく姿を。

■ 医療現場を去るのは、優しい人から

受付スタッフは、患者さんと最初に接する人です。理学療法士は、患者さんと最も長く接する人です。看護師は、患者さんの不安を受け止める人です。

そして、そういう人たちほど傷つきやすい。

怒鳴られても笑顔を作る。理不尽な要求にも対応する。自分が悪くなくても謝る。それを繰り返しているうちに、少しずつ心が削られていく。

実際、医療現場を去っていくのは、乱暴な人ではありません。優しい人です。真面目な人です。責任感のある人です。

■ 良い医療は、守られたスタッフから生まれる

だから最近は思うのです。医療者を守ることは、患者さんを敵視することではない。むしろ逆なのだと。

スタッフが安心して働ける。理学療法士が萎縮せずに説明できる。受付が理不尽な怒りを受けなくて済む。

そういう環境があって初めて、良い医療は続いていく。

優しい人が辞めなくて済む現場——それこそが、これからの医療に必要なものなのかもしれません。

この記事の執筆・監修

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寺田 哲Satoshi Terada

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医師/麻酔科専門医・ペインクリニック専門医

「痛み痺れを諦めない」をモットーに、日々診療にあたっています。最新のエコーガイド下治療やVR治療など、医学の力で患者さんの日常を取り戻すためのヒントと、日々の学びを綴ります。

略歴・資格

  • 2008年 埼玉医療センター麻酔科
  • 2014年 NTT東日本関東病院 ペインクリニック科
  • 2016年 静清リハビリテーション病院
  • 2019年 三島総合病院 ペインクリニック科 医長
  • ペインクリニック専門医 / 厚生労働省 麻酔科標榜医 / 健康スポーツ医

専門・研究

超音波ガイド下治療やVR治療の最前線で活動し、多くの学会(日本整形超音波学会、日本ペインクリニック学会、日本VR医学会等)でシンポジストや基調講演を務める。

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