2026年6月。
日本の医療は、静かにひとつの転換点を迎えました。
厚生労働省が、一定条件下における「キャンセル料徴収」を正式に認めましたのです。
とかいたものの。それは覆されました……
ですが、一応キャンセルの弊害について書き留めておこうと思います。
これだけ聞くと
「病院がお金を取り始めた」
「医療が冷たくなった」
そう感じる人もいるかもしれません。
ですが私は今回の制度変更を、(実際には成らなかったが)単なる"徴収の合法化"だとは思っていません。
これはむしろ、
「医療の予約枠は有限な資源である」
という現実を、国が初めて制度として認めようとした出来事だと思っています。
■ 善意に依存してきた日本の医療
これまで日本の医療は、あまりにも"善意"に依存してきました。
昼休みを削って対応する。診療後もカルテを書く。予約外を受け入れる。
そして当日、無断キャンセルが出ても泣き寝入り……
旅行社や飲食店、美容室の無断キャンセルやドタキャンはキャンセル料金が発生するので、皆一様に気を付けているはずです。ですが医療現場では日常茶飯事で起こります。1日に何件も起こります。
それらを黙って受け入れることが、どこか「良い医療者」の条件のように扱われてきました。
■ キャンセルの向こう側にいる人
もちろん、「医は仁術なり」という言葉は大切です。患者さんに寄り添うこと。困っている人を助けること。痛みを減らそうとすること。それは医療の本質です。
しかし私は、"医療者が搾取され続けること"まで仁だとは思いません。
無断キャンセルで空いた30分。その向こう側には、
・予約を断られた患者さんがいるかもしれない。
・数週間待っていた患者さんがいるかもしれない。
・今日を頼りに生きていた痛みの患者さんがいるかもしれない。
キャンセルは、単なる「来なかった」ではありません。医療資源の消失です。
■ 患者さんを責めたいわけではない
私は、患者さんを責めたいわけではありません。
実際には、仕事が抜けられなかった、子どもが熱を出した、体調が悪化した——そういう事情があることも、日々理解しています。
だから問題なのは、「キャンセルそのもの」ではなく、
"医療側だけが、その損失を無限に飲み込む構造"なのだと思うのです。
■ 医療者を守ることは、患者さんを守ること
日本では長い間、医療者は「耐える存在」であることを求められてきました。理不尽な暴言。口コミによる人格否定。深夜対応。無償労働。カスタマーハラスメント。それでも笑顔でいなければ「感じが悪い」と言われる。
しかし、その結果どうなったでしょうか。優しい人から辞めていく。現場が疲弊する。予約が取れなくなる。防衛医療が進む。最後には、患者さん自身が困ることになる。
だから私は、医療者を守ることは、患者さんを守ることでもあると思っています。
医療は、善意だけで維持できる時代ではありません。持続可能であること。境界線を持つこと。互いに尊重し合うこと。その上で初めて、本当の意味での「仁」が成立するのだと思います。
今回は「キャンセル」という小さな出来事を入り口に、今の日本医療が抱える、静かな歪みについて考えていきたいと思います。
※この記事はnoteにも掲載しています。

